一条恵観山荘とは

_DSC0672-01_R.jpg   _DSC6739-01_R.jpg  

国指定重要文化財「一条恵観山荘」(いちじょう えかん さんそう)

この山荘は、後陽成天皇の第九皇子であり、摂政・関白を二度務めた一条恵観(兼遐・昭良)によって営まれました。

およそ370年前、時代は江戸時代初期、正保三年(西暦1646年)にこの山荘で茶会が催されたという記録があります。

往時は京都西賀茂に建つ、緑の濃淡が幾重にも連なる里山に建つ一条家別邸の離れでした。

一見すると田舎家風なその建物は、恵観公自身が設計をし、随所に雅な心と野趣が込められた、皇族の「茶屋」です。


昭和34年、鎌倉の地に移築。

庭石や枯山水も建物と共に移され当時と同じように配置されました。

その後、昭和39年には国の重要文化財に指定。

同年代の建物としては、京都にあります「桂離宮」「修学院離宮」が有名です。

桂離宮は恵観の叔父の八条宮智仁親王、修学院離宮は恵観の兄の後水尾天皇による造営であり、いずれも江戸初期の朝廷文化を今に伝える施設です。

 

<見どころ>

DSC_7090-01_R.jpg  _DSC1057-01_R.jpg  

茅葺屋根の外観は、田舎家風なつくり。

一条恵観は雑木林の景色を好み、部屋の中にいてもその野の趣を感じられるように、自然の中に見つけた美しさを建材として多用しています。

 

山荘内部007_R.jpg    DSC7587-01_R.jpg

内部の建具には様々な工夫がなされています。

素朴な建材とは対照的に、障子や襖には細やかな技巧が凝らされています。

 

  DSC7597-01_R.jpg

「杉戸絵」は、当時の宮中の文化を伝えてくれる資料ともなっています。

 

  _DSC9960-01_R.jpg

一条恵観がこだわりぬいて設計した山荘の中では、各所各所にその心が詰め込まれています。